数奇屋のリフォーム、施主とのかかわり
 
 

施主のお手前


おもてなし


数奇屋造門:風景

 

数奇屋のリフォームは、まず施主との関わりあいからはじまる。

永年お取引きのある施主の方だとよいが、はじめてお目にかかる施主の方が多い。
それも施主と少しでもお付き合いが出来ればまだよいが、実際にはそうもいかない。
短期間の間に施主の注文をうけねばならない。
私たちの立場から考えて、いちばん難しい数奇屋のリフォームは何かと聞かれれば、それは数奇屋のリフォーム費を出される方とお使いになる方が、同じである場合だと答えられるように思う。
このことは木造であれ、コンクリートのビルといったことには関係ない。

数奇屋のリフォームに対する考えかた。

数奇屋のリフォームのなかで日々利用度の高いリフォームがもっとも難しい。
まして数奇屋は、茶会などでお客さまをお迎えして利用される場合がおおいのである。
いちばん難しいリフォームになるのではないだろうか。
また数奇屋は、居住の一部に加えられる場合が多いので、それによって施主の生活習慣、生活のリズムが多少変わる場合さえある。
よく定年後住宅を新築されて、早く亡くなられることがあると聞く。
これは、生活のリズムが急に変わったことが、大きな原因ではないかと考えられる。
施主がお若い方だと、数奇屋のリフォームにすぐ順応出来るが、中高年、特に高年の方の時は、この点特に気をつける必要がある。

施主の生活習慣、好み・・・。

施主の好みは、人それぞれに異なり、非常に難しい問題である。
いかに好みを感じたり、的確に汲みとるかということで、ごく一般には派手好み、地味好みのふたつに大別されるが、数奇屋のリフォームの場合はそんな簡単なことではすまされない。
しかし幸いなことに数奇屋のリフォームをなされる多くの方はお茶をされていることが普通であり、その好みがお茶の「心」より出ることはあり得ない。
ですから、数奇屋のリフォームはこのことを基本にして考えれば間違いないといってよい。

 

 

数奇屋のリフォームだけに限らず。

次に施主の、ご意見だが、全てのリフォームに関する考えかたの延長である。
またそれはご自分の仕事や人生についての考えもあるわけです。合理的、能率的、機能的等々、いろいろあろうが、数奇屋のリフォームには、無駄もゆとりも必要である。
日常の生活と切り離す必要さえあるのだから、このことに留意してよく施主の考えを消化しなければならない。
施主の注文は、施主の数奇屋のリフォームに対する知識、理解によって注文の方法が異なる。適確におっしゃた、漠然とおっしゃた、また相談的におっしゃた、いろいろあるが、こちらは完全な白紙の状態で、よく聞かねばならない。
特に言葉の端々に出てくる表現を、よく掌握し、二度と問い返すことのないように、一字一句よく聞き取ることが必要である。
施主の注文は、現在の状態で注文されるので、現在はよくても、施主の考えかたが、お茶のお点前や知識などの進歩とともに、何年か後に変わってくることが考えられる。
こういったこともよく考えておくことが必要であろう。
施主の生活習慣、好み、数奇屋のリフォームに対する考えかた、ご意見、注文、それに施主の社会的な地位、経済力等々、あらゆることを理解、消化して後、プランに入る。このような施主との最初の関わりも、コーディネーターにとってたいへん大切なことである。
プランは数奇屋のリフォーム着手までに完了するわけであるが、ただ図面、仕様書等のみではとうてい説明をつくせず、また言い表せないことがたくさんある。
ですから施主と十分に心が通じあうよう努力が必要だし、またそのようにしなければならない。

自然の森で育った木材や古材は吸放湿性が高い。

私達は、家を新築したり住まいをリフォームすると云うことは、森に木を植えること、古い民家を大切に活かし残すことから始まると考えています。
人は呼吸をしています。そんな呼吸する人は、呼吸する材料で建てられた新築やリフォームの家に住まうのが自然だと考えます。
自然の森で育った木材や古材は吸放湿性が高いため、湿度が上がると室内の湿気を吸収し、湿度の低いときはその逆の効果をします。
また、木の熱伝導率はおよそ鉄の五百分の一、コンクリートの十分の一ときわめて小さいため、一年を通して湿度は一定に保たれます。
だから、人の肌が木に触れていても人は不快な感覚を受けないのです。
特に、高齢者や子供たちが樹の住まいに暮すことは森の息吹きを感じたり、あるいは森の温もりや癒しを感じながら生活することができるのです。

 
 


露地







中庭