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そんなことをしたら、ヒノキが泣きよります。法輪寺の三重塔の再建のとき、近代建築工学の立場で設計された鉄骨補強を、一大工棟梁の彼はガンとしては受けつけなかった。
檜にはヒノキの「いのち」がある。鉄よりも長い「いのち」があります。そして西岡常一棟梁、自らの60年の仕事を通じ、木に生き、木の「いのち」を知った斑鳩の里の工匠(たくみ)西岡常一(にしおかつねがず)【1995年4月11日、満86歳で他界】氏は、自らの掌(たなごごろ)に孔をあけられるのを拒むように、鉄骨を通すためにヒノキの部材に孔をあけることを拒否し続けた。
それは、ある面では大阪の将棋差し、坂田三吉の、一芸に打ち込んできた人の、たとえ打首になっても、テコでも動くまいというしたたかな人生の腰のすわりが、その底に感じられた。
−以下 続く−
※−「斑鳩の匠 宮大工三代 まえがきを一部引用」− 平凡社発行
西岡常一棟梁は明治41(1908)年、法隆寺大工の家に生まれました。
昭和9(1934)年から始まる法隆寺大修理の最初から携わり、金堂・五重塔が完成するまで棟梁として修理に従事した。木造建築の技術は建ったまま見ても分からない。解体修理をすることによって、隅から隅まで知ることができる。
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大陸から伝えられた寺院建築技法は日本の風土に合うよう様々な工夫がなされ、法隆寺で大成された。法隆寺には他の社寺にくらべ、ゆったりとした大らかさがある。その大らかさをもたらす原因について棟梁は、「檜の非常に良い大きな材料があったことが根本であるが、
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西岡棟梁は、檜に絶大な信頼をおいている。薬師寺金堂復興工事では、木曾檜に樹齢の長いものが入手できないとわかるとすぐに台湾に飛んだ。山を見るためである。口伝に「木を買わず山を買え」があるが、土質や風向き、環境を調べるところから棟梁の用材調達は始まる。
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映写が終わったとき、小川さんが「棟梁にいろいろ教わりましたが、こんな丁寧には教わりませんでしたよ。出来上がったら早速買ってうちの弟子たちにみせなければならん」といつたので大笑いになった。とに角第三巻のテーマは身近な話ばかりであるので大工の石井さんにも加わって質問をしてもらった。
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石井 :桁を収めるとき一番難儀したのが材料の狂いなんで
すよ。反るとか垂れるとかの場合は何とか収められま
すが横ぶれした場合、棟梁はどう対処してゆかれます
か。
棟梁 :外側へ外側へ曲がるように収めたええ。垂木打って
瓦が乗ったら中へ押し込めよるからな。
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