旧根岸競馬場一等馬見所」 -日本初の様式競馬場 |
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慶応元年(1865年)創設で、日本最初の競馬場
1929年(昭和6年)旧根岸競馬場一等馬見所 完成
[設計] ジェイ・ヒル モーガン(1876~1937)
[施工] 大倉土木〔現 大成建設(株) |
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1982年に国から横浜市は払い下げを受ける。
(2003年07月06日撮影)
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米軍商業施設ゲート |
一等馬見所観覧席 |
一等馬見所 (旧パドック側) |
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一等馬見所歴史写真碑 |
一等馬見所歴史写真碑 |
公園側から見た一等馬見所 |
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根岸森林公園案内 |
根岸森林公園内 |
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昭和初期の根岸競馬場レース風景 / 復元で盛り上がる市民運動 |
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昭和になると競馬は金持ちの遊びから大衆の遊びに変わっていく |
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2003年5月9日 朝日新聞記事
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| 1982年に国から横浜市へ払い下げを受け、二十数年立つるが、再活用されず現在に至る。2004年秋に横浜市緑政局は危険と云うことで鉄骨屋根部分を解体するが、将来の利用方法を尋ねても明確な解答を示さずじまいである。ただ、鉄板の柵からフエンス柵に変わっただけで、何らの活用なしにまた、数年が立つのうではないか?不安が残る。解体に数千万円の市民の税金を費やすのであれば、利用目的を示し、市民が活用出来る施設にすべきである。NPO法人エコ住宅リサイクルバンクの提案は根岸森林公園の自然と一等馬見所施設を生かし、活用した、アジアの若者達のための、国際芸術映像アートメディア施設として横浜市緑政局担当者に申し入れをして参りましたが、残念ながら受けいれて貰えませんでした。 |
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「誠に愚策と云わざるを得ない保存策」 |
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手前が旧パドック (遠くに富士山を望む) |
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現在の一等馬見所 (1階左側に見える入口よりパドックからコースに競走馬が入る) |
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現在の一等馬見所 (旧パドック側): 一日も早い保存対策が望まれる。(2005年01月05日撮影) |
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丘側が今回、横浜市に返還予定の米軍根岸住宅地区 |
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米軍根岸住宅地区は横浜の中心街に位置し、横浜市中区、南区、磯子区にまたがる。米軍根岸住宅は2004年7月に日米両政府間で基本合意がなされ返還されることが決まる。宅地内はきれいに刈りこまれた芝生に囲まれる一戸建て住宅約400戸がゆったりと立ち並ぶ。
土地には国有地、市有地、民有地が混在する。返還対象地のうち市有地は10分の1以下でしかなく、せっかく返還されても、国有地や民有地を市が買い取らなければ、自由に使えない不自由さが残る。
もともと、根岸住宅地区返還された場合の跡地刹用について、市は「根岸森林公園と一体として、公園を中心とする都市施設としての利用という簡単な構想しかもっていない。財務省国有財産業務課の担当者は「もし、現時点で施設が返還され、地元自治体から跡地利用の要望がなければ民間に売却することになる」と言う。 |
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「本牧力」で…!! 活かそう歴史遺産 |
アジアの若者達のための、国際芸術映像アートメディア施設としての活用を…!!
NPO法人エコ住宅リサイクルバンクは横浜国際芸術映像アートメディア構想をMM21地区ではなく旧根岸競馬場一等馬見所を中心とした根岸森林公園及び今回、米軍より返還される米軍根岸住宅地区に、横浜市民のための社会資本として未来に遺すべきと提案して参りました。アジアの国際芸術映像アートメディア中心都市として、「市民力」で市民自ら資金集めを行い、或いは自ら運営を行い、自らの手で山手、根岸、本牧地区の活性化を行なおうでは有りませんか。 アジアの21世紀型ハリウッドに! |
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NPO法人エコ住宅リサイクルバンク
横浜市中区本牧間門37-24
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