幕府の御所と頼朝廟の謎
“鶴岡八幡宮並びに若宮および末社等遷宮なり”
これは、吾妻鏡」に見るがご遷宮の記事である。
大臣山の中腹に初めて本宮が出来て、現在のような面目な改まったのはこの時、すなわち建久2年(1191年)であった。
明治以来、この11月21日を当宮の御鎮座の日とし、太陽暦に換算した12月16日に、その記念祭を執行し、当時のままに『宮人曲』の御神楽を奉奏している。
しかし、鶴岡八幡宮の歴史は実際にはもっと古く、源頼義の事蹟から始まる。
頼義は康平6年(1063年)奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として、由比郷鶴岡の砂丘に八幡宮をお祀りした。
また、頼朝は自分の居所である幕府をこの若宮の東側に構えるほどに、この宮を関東の総鎮守として帰衣の心を形にあらわした。
だが…
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